If I had six hours to chop down a tree, I’d spend the first four hours sharpening the axe.

~もし、木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう~

●映画を拝見した人へ

仏教は、もともと今から2600年前に
インドで説かれた教えです。
 
インドでお釈迦様という方が説かれました。
 
お釈迦様という方は、35歳の時に
仏の悟りを開かれました。
 
一度この悟りのことについても
話を聞いたと思います。
 
この悟りというものには、
仏教で52の位があると教えられています。
 
そして、仏の悟りというのが
その52の最高の悟りの位です。
 
仏教とは、この仏の悟りを開かれた方が
説かれた教えということです。
 
仏の悟りを開かれた方は、
この地球上にただ一人しかおられません。
それがお釈迦様です。
 
お釈迦様は、35歳で仏の悟りを開かれて
80歳でお亡くなりになっておられます。
 
この間、45年間教えていかれた教えを
仏教と言われます。
 
そのお釈迦様の教えていかれたことを
書き残されたものを、一切経と言われます。
 
お釈迦様45年間の教えは
全て書き残されています。
 
それは膨大な数、沢山のお経となって
書き残されています。
 
どれぐらいの数のお経が残っているか。
全部で7000冊余りあります。
 
だから、ものすごい沢山あります。
 
一切経は、お釈迦様がご自分で
書き残しされたものではありません。
 
お釈迦様はインドの色々な所で
説法をしておられました。
 
仏法を説いて回っておられたんです。
 
そしてお釈迦様が亡くなられた後に
お釈迦様の弟子たちが
書き残したものが一切経です。
 
お釈迦様の教えて行かれた事を
後に生まれてくる人たちに
書き残そうとされました。
 
お釈迦様は、45年間
たくさんの説法をなされました。
 
それを内容ごとにまとめて書き残した所が
7000冊余りの本になったということです。
 
だから仏教を知ろうと思ったら、
この7000冊余りのお経を全部読まないと
正しくわからないということになります。
 
それはとても私たちができることではないんです。
 
だから、私たちが仏教を知るという時には
この一切経を全部読んで、
正しく理解している人から
教えてもらわなければわかりません。
 
でも、そういう人は
そんなにたくさんいると
いうわけではありません。
 
そこで私たちは、日本に現れた
仏教の先生から教えを学んでいます。
 
それが親鸞聖人という名前の方です。
今から800年前に
日本で仏教を教えていかれた方です。 
 
一切経を何回も読まれて、
日本の人に分かるように伝えることに
生涯をかけられた方です。
 
日本では、親鸞聖人が
一番有名な仏教を教えた先生です。
 
親鸞聖人は、
7000冊余りの一切経の内容に
何か教えられているのかと
いうことを明らかにされました。
 
7000冊余りの、一切経の内容を
まとめられたものが
あの『教行信証』という本だったんです。
 
教行信証という六巻の本に
7000巻のお経の内容をまとめてくだされた。
 
これは誰にでも
できることではありませんから。
この『教行信証』は
非常に大事な本だとされてきました。
 
その中の、一冊が、
火事で焼けてしまうかも
しれなかったということです。
 
あれは、親鸞聖人が
直接書かれたということで
非常に大事なものでした。
 
蓮如上人の時代は500年前で、
写したものはありませんでした。
 
今ならば、写真で撮ることもできるし、
コピーしたものがありますが、
 
当時は、手書きで写すしかありません。
手書きだと書き間違えることもあります。
 
だから、親鸞聖人が、直接書かれた
教行信証ということで大事にされていた。
 
この一冊がなくなってしまったら、
教行信証の内容は分からなくなって
しまうところでした。
 
それがもし、あの時に
焼けてなくなっていたら
今の私たちにも
正しく教えは伝わらなかった。
 
だから、あの時、了顕が、お腹の中に入れて
護ったということが、私たちのためでも
あったということです。
 
そして、教行信証は今も6冊、
全部残っていて、今は国の宝として、
大事に守られています。
 
蓮如上人という方は、
教行信証を何回もよまれて、
親鸞聖人の教えていかれたことを
さらに分かりやすくして
教えて下さったんです。
 
蓮如上人の時代に
親鸞聖人の教えが、
日本中に広まりました。
 
今でも日本で一番大きな仏教の宗派が
浄土真宗です。
 
ところが、今、この親鸞聖人の
教えていかれたことを
正しく伝えている人は
日本にもほとんどいないんです。
 
そこでこの映画が作られました。
 
 
この『なぜ生きる』の映画も
教行信証のお言葉を通して、
親鸞聖人の教えが描かれていました。
 
●難思の弘誓は、難度の海を度する大船
 
私たちの人生は苦しみの波の絶えない、
海のようなものだと言われています。
 
人生は、次から次へと苦しみが
絶えずやってくるということです。
 
私たちは、生まれると同時に
この大きな海に放り込まれるようなものです。
 
ところがこの海は、空と水しか見えない海
ですからどこに向かって
泳げばいいのかが分かりません
 
私たちの人生も、一体どこに向かって
生きていけばいいのか分からないことを
例えられているんです。
 
いつまでも泳ぎ続けることはできませんから
やがて必ず溺れていかねばなりません。
 
100%死なねばならないのに、
私たちは、どう泳げば良いのか、
泳ぎ方しか考えていないんです。
 
私たちはこの海の例えでいうならば
どんな丸太や、板切れを求めれば良いかと
いうことしか、考えていないということです
 
この丸太や板切れに例えられているものが
何か、映画を見て分かりましたか?
 
家族や仕事、
お金があれば幸せになれる、
子供を育てることが生き甲斐と、
 
私たちが、生きていくためには必要なものです。
 
しかし、いつまでもこの丸太に
つかまっているわけにはいきません。
 
丸太や板切れは、浮いたものですから、
大きな波がやってくるとひっくり返る時が来るんです。
 
ところが私たちはこの丸太や、板切れのことしか
考えていないのではないでしょうか。
 
どんな丸太につかまれば幸せになれるかと
思って一生懸命求めているんです。
 
私たちはいつまでも生きていると
言うわけにはいきません。
 
いつまでも生きている人なら、
どんな丸太を求めればいいかと
いうことだけ考えていても良いですが、
やがて必ず死なねばならない時が来るんです。
 
しかもいつやってくるかわかりません。
 
それを忘れて、生きることしか
考えていないとしたら、
おかしなことではないかと、
蓮如上人は言われていたんです。
 
100%死なねばならないのに、
生きることしか考えていないのは
おかしな姿なんですね。
 
やがて必ずやってくるこの死の問題が
私たちにとって一番も問題です。
 
この問題を解決しないことには
本当の幸せにはなれないと
親鸞聖人は教えていかれました。
 
親鸞聖人は、この苦しみの海を
明るく渡す大きな船があると教えられていました。
 
生きている今、乗せていただける、
そして、今、乗せていただけば、
 
未来永遠に変わらない幸せになることができます。
 
そして、
 
人間に生まれてきたのはこの幸せになる
為だった!と心の底から喜ぶことができます。
 
私たちが生まれてきた目的、
生きる目的は、この大船に乗せて頂く為だよ、と
親鸞聖人は教えられています。
 
では、この大船に乗せて頂くためには
どうすればいいのか。
 
これはとても大事な、知りたいことです。
また続けて話をしていきたいと思います。