If I had six hours to chop down a tree, I’d spend the first four hours sharpening the axe.

~もし、木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう~

●仏とは、お釈迦さまとは?

・仏とは

仏教とは、仏の教え、
仏の説かれた教えということです。

仏様とはどんな方かと言いますと、
最高のさとりを開かれた方を言うのです。

一口にさとりと言いましても、
低いさとりから高いさとりまで、
五十二の位があり、
これをさとりの五十二位と言われます。

その五十二の覚りの、
最高のさとりの位を仏覚というのです。
仏のさとりを開かれた方を
ブッダ」というのです。

・さとりとは

では、さとりとは一体何を覚るのかと
いいますと、大宇宙の真理です。

大宇宙の真理とは、いつでもどこでも
変わらないものをいいます。

数学や科学にも色々な真理があります。

たとえば、ニュートンが見つけた
万有引力の法則」というものがあります。
いつでも、どこでも成り立つものです。

この法則は、リンゴが木から落ちるのを見て
発見したと言われています。

ですが、ニュートンが見つける前から、
リンゴは木から落ちていました。
そこに「万有引力の法則」があるということを
ニュートンが発見した、ということです。

ニュートンが作った物ではありません。

よく仏教といっても、誰かが作った考え、
思想の一つのように思っている人があります。

仏教は誰かが、つくった教えではありません。
元々あった真理を、発見して教えられたと
いうことです。

ただ仏教で知らされる真理は、
数学や科学の真理とは違います

全ての人が本当の幸福になれる真理です。

さとりをひらくことを山登りに例えて
考えてみましょう。
登れば登るほど、
遠くの景色が見えるようになります。

最後、頂上まで登りつめた時、
辺り一面 見わたせるようになります。

「仏のさとり」といわれる
最高のさとりを開くと、
大宇宙の真理すべてをさとり、
ブッダとなるのです。

・悟りを開いた方は、お釈迦さまのみ

この「仏のさとり」を開かれた方は、
地球上ではお釈迦さま、ただ1人です。

世の中には、よく「さとりをひらいた」と
言う人がいます。

心が前向きに変わったり、
ものに対して、執着する気持ちが
少なくなったりすると、
さとりをひらいたように思っている人がいます。

しかし、このさとりの位は、一段違えば、
人間と犬と猫ほど世界が違うと言われます。

人間の理解していることを犬や猫に説明しても
理解できませんから、大変な違いです。

私たちの心が少し変わったぐらいなら
説明してもらえば理解することができますので、
その程度でさとりとはいいません。

だから普通の人間はみんな
何のさとりも開いていない、ゼロです。

・聞くことが一番大事

自分の力で、さとりをひらくことは
大変なことです。

科学の真理でも、自分で見つけるとなれば
大変です。「万有引力の法則」を
自分で見つけようと
したら大変なことです。

ですが、その真理を見つけた人から教えて頂けば
どんな人でも真理を知ることができます。

だから仏教は「聞く」ことが一番大事です。

聞く時には、正しく教える人から
聞かなければなりません。

お釈迦さまは、誰にでもわかるように
すべての人が本当の幸せになれる真理を
教えられています。


・お釈迦さまとは

では、お釈迦さまが仏のさとりをひらくまでに
どんなことがあったのでしょうか?

出家する前は、シッダルタ太子といわれる
一国の太子でした。

生まれつき頭もよいし、運動神経もよく、
勉強もスポーツも誰もかないませんでした。

次の国王なので、お金も地位にも
恵まれていました。

成長すると、美しい女性と結婚され、
かわいい男の子も生まれました。

私たちが、これさえ手に入れば幸せになれる
と求めているものの
すべてを手にしていたような人です。

そんなシッダルタ太子でしたが、
成長するにつれて
何か深刻に悩みをもつようになりました。

これ以上、あれがほしい、これがほしいと
いうことではありません。

一体何に、悩んでいたのでしょうか…

四門出遊

シッダルタ太子が、深い悩みをもたれる
きっかけになったのは、
初めて城の門を出て
外の世界を見た時の衝撃でした。

はじめに、東の門から外に出ると、
腰が曲がり、杖をついて歩く、
老人がいました。

太子は城の中で、老人を見たことが
ありませんでした。

やがて自分も老人になることを知ると、
大きなショックを受けて、
城に戻っていきました。

またある日、南の門から外の世界に出ると、
うめき声をあげて苦しむ
病人が横たわっていました。

太子は自分も、やがて病気になること知ると、
ショックを受けて、その日も城に帰ってしまいました。

またある日、西の門から外へ出てみると、
今度は葬式の行列に出会いました。

ピクリとも動かなくなった人が、
悲しそうに泣いている人たちに
運ばれて行く姿を見ました。

太子は、どんな人も必ず死なねば
ならないことを知ると、
今までで最高の衝撃を受けます。

太子は
「最期、あのように死んでしまうとすれば、
今、ほしいものがなんでも手に入るといっても、
それが何になるのか」と思いました。

どんなにお金や地位、
妻子、才能などに恵まれていても

やがてすべてに見捨てられる時が来ることに
気づいたのです。

どんな幸福も一時的なもの。

そして、北の門を出ると1人の修行者を見つけました。

この修行者は老い、と病と、死を超えた
本当の幸せを探し求める修行者でした。

太子が、悩んでいたことも
どこかに崩れない本当の幸せはないか、
ということでした。

太子は、修行者と同じように
城を出て、本当の幸せを
求める気持ちは日に日に強くなっていきました。

・出城入山

そして太子は、お金も
太子としての地位も捨て、
家族が寝ている間に、夜中、城を出ます。

それが29才でした。
山奥、深くに入り、私たちの想像もできない
厳しい修行をなされました。

そして35才の時についに
大宇宙最高のさとりである
「仏のさとり」を開かれました。

・仏教は、釈迦一代の教え

そして、80歳に亡くなられるまでの
45年間、どんな人も変わらない幸せになれる
真理を教え続けていかれました。

それが仏教です。

・太子の悩みは、全人類の悩み

太子が悩んでいたことは、
決して太子だけの問題ではありません。

古今東西の全人類が、
同じ問題を持っています。

どんなに時代が変わっても
老や病や死の問題が無くなることは
ありません。

このすべての人に必ずやってくる
老いや病や死を超えた本当の幸せが何かを
仏教には教えられています。

だから全人類にとって最も知りたいことが
仏教には教えられているのです。

・家族のために

また、仏の覚りを開き、
本当の幸せが知らされた後、

お釈迦さまは、それを伝えるために、
家族のもとに戻っていきました。

城を出る時に、一番辛かったのは、
家族との別れでした。

だからこそ、妻や子供が寝ている
夜中に、太子は城を出ていかれました。

自分がいなくなることで、
妻や子供を苦しめることになることは、
よく分かっておられた。

しかし、このままでは自分も家族も
本当の幸せがわからず、
何のために生まれてきたのか、
何のために生きているのか、
分からないでないかと、思われた。

今は、しばらく苦しませることになるけれど、
必ず本当の幸せを知り、

それを家族にも伝えてみせるという決意で
城を出ていかれました。

そして、仏のさとりをひらかれ、
家族にも、仏教を伝えられました。

お釈迦様の有名な弟子の1人として
お釈迦様の息子さんもおられます。